「あぁぁ・・・違うよキミ」
どうして言うこときかないかなぁ
ある日の朝、歩いていたらとつぜん聞こえた声。
「・・・難しいのね」
・・・・クローム?と、さっきのはの声か。
二人が居るのはおそらく、キッチンとして使ってる部屋だ。
調理器具をガチャガチャ言わせ、片付けてる音もすれば、ジャーと水を流す音も聞こえる。
かと思えばビリッなんて何かを破る音も聞こえるし、コポコポ注いだりする音も聞こえた。
二人で何かを作ってるのか?二人とも料理は出来るが、二人ですることは珍しい。・・でも俺には関係ない。
もうすぐそこの部屋も通りすぎるし、関わることすらめんどい。
無意識に早歩きしてしまい、すぐにその部屋の横に着いた。
ふと一瞬、気になってしまったようでそっちを見た。
・・ドアが開いてる?
って、もともとココのドアは壊れてて閉じないんだった。
「髑髏タッチ。温度計ちゃんと見ててね」
「うん」
チラッと見えた中はが本を片手で読んでいた。
「これ、テンパリング難しいな」
・・・意味わからない単語。それだけでもう難しい。
昔は感覚で料理をやってただけど、最近は本を読んだりとちゃんとした知識をつけてきてる。
きっとまた何か試して作ってるんじゃないか。でもやっぱり俺にはどうでもいい。
部屋から甘ったるい香りが漂ってきて、俺はその部屋を後にした。
*
「・・・は?」
昼食を食べ終わった瞬間、目の前に出されたもの。
たぶん、朝のあのとき作ってたケーキ。
テーブル越しのはニコニコと、クロームは照れたように笑っている。
「誕生日おめでと、千種」
そう言われて少し理解した。今日はオレの誕生日。
でも、俺の誕生日だからといって、二人がケーキを作る理由にはならない。骸様にならともかく。
クロームは知らないけど、は俺たちの誕生日はよく覚えていたが、今まで何かをしようとはしなかった。
犬には安いガムを一つ、俺にも安いガムを一つくれるくらいだ。(そのぐらいは普段からくれるけど)
ケーキ、ましてや手作り。そんなものをくれようとなんてしたことがあったか。数えられるくらいしかない。
それもシンプルなカップケーキ一つだったりで・・・とにかくそんなイベントらしいことをしたことがない。
だけどこれは今までと違うような、市販で売られてるような三角のケーキ。
どう見てもホールから切ったものだ。つまり、それだけ大きなケーキを作ったということ。
・・と、つまり。どう考えても、今日から特別にする理由がわからなかった。
そう無言で訴えると
「ほら、髑髏きてからみんな初じゃん?」
千種はギリギリあったけど、そんな余裕ないときだったし。
うん。そういえば去年はリング戦だったりクロームがいなくなったりでゴタゴタしてた。
・・・も、俺たちもクロームとこんな仲じゃなかったし。
「ほら、髑髏も」そう言ったは横のクロームの背を押した。
そしてクロームは俺に「千種、誕生日おめでとう」と言った。(は甘いな・・)
とにかく、がクロームに就いてる限り拒否権はないらしい。・・俺も随分甘くなった。
「・・・・・ありがとう」
「間、長いよ」
苦笑しながら息をついたは、クロームの頭を数回軽く叩いていた。
(最近、って…)
「千種、めんどいの嫌いでしょ。はい、シンプルケーキ」
「・・・チョコ」
「コーティングだけだしビターだから食べて。そんな飽きないはずだから」
それでもやっぱりこの甘い香りは少し苦手だ。骸様用にあるチョコを見るだけで飽きるというのに。
そのことを知ってるは「チョコしか適材がなかったんだよ」と続けた。なら作るな。
と言いたいが、これを言えば軽蔑されやりづらくなるのが明らかだろう。
気持ちだけでいいんだけど・・・。
そう思ってると、いつものバタバタと誰かが走る音が聞こえる。
それが近くまできて、最後にバンッという大きな音を立てて、犬がきた。
「甘いにおいがするびょんっ!!ってどくろ・・・」
「千種のケーキです」
「は?なんれ」
「今日は千種のバースデーよ」
「へー、そうなんら。ハッピーバースデー柿ピー。で、いい?」
「犬・・・っ」
が思いっきり犬を睨むと、犬は怯む。(また、)
でも今日は少し状況が違うからか、犬はすぐに復活する。「腹へったし、喰いてぇ!」
それに盛大にため息を吐き、は「千種にもらって」という。
っていうか、そのまえにそのホール全部俺のなの?いらない。
そう思って「それ全部あげる」と犬に言い、犬は雄叫びを上げながらケーキにがっついた。
「千種・・・」
「一つで充分(糖分が)」
まぁ千種がぜんぶ食べてくれるとは思ってないけど。
はクロームを連れていきながらそう言った。
でも途中でクロームが「千種、ありがとう・・」と俺に振り返り、
はそんなクロームの頭を撫でながら昼食の片付けをしにいった。
「柿ピー、ごっそさん(ぺろっ)」
「はいはい」
「あ、ハッピーバースデー」バタバタ…
(・・・・・・2回目)
*
「まぁ、色々と不快に思う点があると思うけど・・・」
ヘルシーランド建物の裏庭。そこの木陰で休んでるとがきた。
「大丈夫?胸やけしそう?」
「口の中が甘ったるいだけ・・・」
食べてすぐ何かを飲んだり、歯磨きをしたらに何か言われそうだったから、逃げるようにこの場へきた。
すごく気持ち悪い。口に匂いが籠る。
そう思って少し口を開けて、口で呼吸する。
その様子を見て、はオレにガムを差し出してくれた。
「で、頭に戻るけど」
「・・・・・」
「あたしなりに色々考えてて」
むしろの行動より、この甘さが不快だ。さっさとガムを噛む。
「・・・ミント」「え、嫌い?」「・・・・」「(好きなんだな)」
あぁ、いい。この甘さを打ち消してくれるぐらい強いのが、今は丁度いい。
そう思ってるとが話始める。
「まずね、誕生会らしくした理由」
「そういえば、今年はやけに張り切ってたね」
「そう。千種だけじゃなくて」
「・・・・・・」
「髑髏の・・・誕生日のカウントダウン、的な」
「何それ」
「・・・うん。私もそう思う」
いきなりじゃ髑髏もたぶん、色々戸惑うでしょ?だからまずはみんなーって・・。
そんな面倒なこと考えてたんだ。らしいといえばらしいけど。
っていうか、クロームの誕生日ってのがいつなの。
「12月だって」
「ふーん」
・・・、らしい。なんとなく、流れが。
そう思ってガムを噛んでゆく。あ、チョコミント味・・・。(チョコしつこい)
はそんな俺に気づかないで進める。
「二つ目は、チョコケーキ」
「(甘い・・)今その単語、聞きたくない」
「あ、ごめん。でね、髑髏と作る約束してたの。骸さんの誕生日に」
ほら、骸さんの誕生日のとき結局作んなかったし。
・・・・・ふーん。そう。俺は変わり、そう。そう。
って俺は子供か。そんなだと思ってたけどね。
でも・・・
・・・いや、いいや。そんなのどっちでもいいし。
そう考えていると、は空を見ながら言う。
「髑髏は・・・骸さんだけじゃなく、私たちにもお礼したいんだよ」
「・・・・」
「きっと、だけど」
「・・・俺もそうだと思うよ」
特に辺りに。
そう言うと、は驚いた顔で俺を見て
「ありがとう」
穏やかな笑みをうかべた。
「俺も訊いていい?」
「うん?なに」
「朝、誰に話してたの」
朝のことを思い出す。
『あぁぁ・・・違うよキミ。どうして言うこときかないかなぁ』
最初に聞こえたのセリフ。あれは誰かに向けてのものだった。
でもそこにはたぶんクロームしか居なかっただろうし、クローム相手にはそんなこと言わない。
そう思って聞いたら、あれ聞いてたんだ、と今度は前を見ながら言う。
「チョコ」
「は」
「火にかけてた鍋の中のチョコに言ったの」
・・・・・意味がわからない。朝の単語よりも。
そう黙ってを見てると、俺のその視線に気づいたは説明した。
チョコって食べ物は、温度が変わったりすると成分が簡単に崩れるものなの。
それによって色が変わったり艶がなくなったりするから、調整が必要で
温度計を使って、適度な温度をずっと保つようにしなきゃいけないの。
「それがテンパリング」
「(あ、朝の)」
「あれ、テンパリングが難しくてなかなか上手くいかなかったから」
そうゆうことだったんだ。・・めんどい料理だ。
骸様はそんなものが好きなのか。そういえばも。
あ、そういえば。
「もう一ついい?」「何?」
前を向いてたは、なんだというような顔で俺のほうを向いた。
その顔も、少し・・・。
「最近さ、。骸様に似てきたよね」
行動、言動。性格に癖までも。
だから俺や犬は、に逆らえない部分がある。
それはが骸様に気に入られてるからでもあるけど。(そして何か他にも…)
言ったあと、は大して驚いた顔をするでもなく、特に気に留めなかったかのような顔をするでもなく
「そう?・・・少し感じてたけど」
少し俯いて、寂しそうに言った。
は、まだあのときの負い目を感じてる。
自分のせいで骸様が捕まってしまったのだと。自分を責め続けている。
それはきっとの性格上、一生変わらないものだと思う。
だから今更を慰めることはできないし、慰める言葉も思い浮かばない。
そしてなにより、が骸様を想っても会えないことが寂しいのだろう。
俺はただ、を見つめ、が好きだった頭を撫でること以外できない。(せめて骸様の代わりに、俺が)
はそれに気づいて俯いたまま少し微笑んだあと、俺に身体を委ね預けた。
いつの間にか沈みそうになっている赤い夕日を見ながら、俺はの頭を撫で続ける。
はたぶん、もうわらってない。
少しでも、が寂しくならないように・・・。
「あは。私がこれじゃあ、立場反対だね」
「・・?」
「千種の誕生日なのにね」
数分経ったあと、がとつぜん言った。
・・・そんなこと、俺は気にしないのに。
は苦笑いして、俺にしがみついた。
「ごめんね、まだ甘えさせて」
そう言ったに対して、
「・・うん、いいよ」
俺はそう言った。さっきよりも暮れた夕日を見ながら。
もう薄暗いから時間は限られてるだろうが、まだ離れたくないのは俺のほうで。
がそう思うなら、いくらでもそうしてていい。そう愛しく感じて
・・・・愛おしく、て。(が)
でももう寒くなるし、抑えもきかなくなるから
夕日が完全に沈むまで、と。心の中で決めて、夕日をじっと見てる。あと数十秒もしないうちに、もう沈む。
そう思ってると「んじゃせめてもう一回言わせて。感謝込めるから」とは言った。
それに少し気を取られて、のほうを見た。
「お誕生日おめでとう、千種」
ドキッと、心臓の鼓動が一瞬乱れる。
今日で2回目なのに、初めて言われたわけじゃないのに心臓が跳ねる。犬にだって2回言われたのに。
そりゃもちろん違う。だから。心臓が跳ねたんだ。意識して。
その言葉が妙にうれしくて、俺はの頭へ、自分の頭を乗せた。寄り添い合うように。
「あ、今年もガムだったね。来年もこれでいいね」
もう日が沈んだことも忘れて、ただ一緒に居た。
空から夕日(が消えるまで、
(ガムでもいいから、またこうさせて)
2008.10.26...HappyBirthday 千種!!