眼帯をしていたあの子が去り、しばらく経った。
そのしばらく経った今でも、3人とも立ち尽くしたままだった。
「・・・・犬」
みんな無言だった中、やがて千種が口をひらいた。
「・・・・犬は、あの女のことを知ってるね」
彼女が去って消えたいった扉を見続ける私。
犬が頷いたのを気配で感じ取った。
「じゃ・・・あの女は、犬のことをどこまで知っているの?」
「オレのこと?」
あの子が居なくなって、ずっとあの子の姿を思い出していた私は、傍からいえば『呆けていた』。
(・・・そういえば。さすが千種)
千種の言ったことに耳を傾け、初めて考えた。
思考が戻り、犬を見れば、少しわからないような顔をしていた。
「オレのことって・・・あいつが何も知るわけねーびょん。
だって、今日会ったばっかりなんらぜ?名前とか、そういうのらってぜんぜん…」
「だとしたら・・・おかしなことになる」
千種も呆けてたのか、意図を窺えない目をしていたが
眼鏡越しの目は、いつものするどさを取り戻していた。
「あの女・・・どうして、犬がここにいるって知ってたの?」
いまごろ気づいた犬は、大きく息をのむ。
「めんどいけど・・・もう一度聞く。犬はここのことは…」
「し、しゃべってるわけねーびょん!言うはずねーだろぉ!
ホントにたまたま会っただけで何も知らねーんらよ!?」
どうにもそうは思えないんですけど。どう見たってバカップルだよ。
そうつっこめるハズもなく、『今回は千種にぜんぶ任せよ』とか呑気に思う。
私がだまってても、千種はもう尋問するように犬の目を見てる。(睨んでるのほうが近いかも)
「彼女はキミのために食料をもってきたと言った。めんどいから理由は聞かない。
でも・・・どうやって、ここのことをかぎつけた?」
「それは・・・」
「犬は、シロウトに尾行されるほど、まぬけじゃないよね」
「・・・・っ!」
そう千種が言い終えた瞬間に犬は顔色を変え、とつぜん走り出した。
「犬!」
「え、なに、図星なの?」
犬はスピードがあるから、千種が呼ぶころには既に部屋から出ていた。
(あのバカ・・・尾行されたの?)
ありうる。犬はちょっとしたときに、大きな隙を作る。
外で昼寝でもしたんじゃないでしょうね。爆睡でもすれば、隙あるだろ。
最近寝てないんだから、一回眠れば深く眠っちゃうことぐらいわかっとけ!
そう私は、前半はハズレで後半は当ってる予想をしていた。
「、追いかけるよ」
「おっけ・・っ!」
言いながら走り出す私たち。
すばやく階段を降り、駆けてゆく。
しかし先を走っていた千種が急に止まる。
「・・?」
「千種?どうし…」
――ぐわん
「・・・っ?」
何か違和感を感じた。でもそれがよくわからない。
空気・・。いや、物理的じゃない『空間』とでもいうもののゆらぎ。
そのゆらぎの気配に、逆らえない力で引きよせられてく。千種も私も。
わからない。でも何故か行かなきゃいけなくて、身体が勝手に動くようで。
行った先には、昨日までは存在しなかったはずの、『それ』を見つけた。
*
(あのオンナ・・・・まさか・・・)
瞳をゆらしながら、犬はうす暗い廃墟をかけぬけた。
(オレのこと、だましてたのか?マフィアか復讐者のとこの追っ手だっていうのかよ!?
オレにあんな・・・あんな、ふざけたことをしたのも…)
顔を怒りでゆがませ、強く歯を食いしばる。
「許せねぇ・・・ぜってー許さねぇびょんっっっ!!!」
声をはりあげ、犬は建物の外に飛び出した。
そして、犬歯のするどい上歯の形をしたパーツを取り出し、慣れた手つきで自分の歯に重ねあわせた。
瞬間、犬の身体に変化があらわれる。
逆立っていた頭髪がさらにワイルドに広がり、目がギラギラと輝き、筋肉が一まわりもたくましくなる。
カートリッジ。そうよばれるパーツを装着することで、
野生の獣と同じ能力を身につける――それが犬のもつ特殊なスキルだった。
カートリッジにはさまざまな種類があり、
いま犬がつけたのは『ウルフチャンネル』という狼の能力をよび出すものだ。
地面すれすれに鼻を近づける犬。
人の一億倍ともいわれるイヌ科の嗅覚は、すぐに眼帯の少女のものであるにおいをつきとめた。
「あっちか!」
地面に手をついた犬は、本物の狼のように大地を蹴って、夜の闇の中を疾走していった。
シャァァァァァァ・・・・・――
家の中に、洗い物の水の音がひびいてく。
「・・・・・・」
シンとしずまりかえった広い家の中で、彼女は一人立ちつくしていた。
なべやフライパンをすべて洗い終えても、彼女はそのままキッチンから動こうとはしなかった。
「・・・・・・」
彼が空腹だということを知った彼女は、家に帰って弁当を作った。
しかし、弁当は、食べてもらえなかった。
自分は―――また失敗してしまった。
三人と初めて会ったのは、二日前のこと。
そのときは、あたふたしているうちに、三人の姿を見失ってしまった。
それからずっと彼らを探して、今日、やっと再会できたと思ったのに―――
「・・・・・・」
彼女は、立ちつくしていた。
ひらかれたままの蛇口から、水が流れつづける。
いま、この広い家には、彼女しかいない。
母も、血のつながらない父も、めったにこの家には帰ってこなかった。
両親がどこにいるのか、彼女は知らない。
きっと、それぞれの、いるべき場所にいるのだろう。
そして・・・・自分のいるべき場所は―――
「・・・・・・」
目の前で、水が流れつづける。
彼女の目が、ゆっくりと閉じられる。
水の音と、夜の闇が、彼女の中に押しよせてくる。
あふれていく・・・・あふれていって・・・・。
すべてが、とけた。
「カンガルーチャンネル!」
歯のカートリッジが、すばやくチェンジされる。
犬は、アスリート顔負けの大ジャンプで、家をかこむ高い塀を跳びこえた。
広い庭に着地した犬は、怒りにギラついた目で、目の前の家をにらみつけた。
眼帯の少女のにおいは、その家の中へと続いていた。
(いるびょん・・・ここに・・・あのオンナがぁ・・・・っ!)
犬は、玄関に近づき、大きな扉をいきおいよくあけ放った。
「!」
そして――――犬は、闇へと飲みこまれた。
*
「・・・・馬鹿な」
千種は『それ』を見つけた瞬間、声を失った。
私は、驚きすぎて動けないでいる。
かつて、この廃墟で、骸さんとボンゴレ10代目候補の少年が戦ったとき――
砕け散ったと聞いたはずの――『それ』を。
千種は、ふるえる手で、『それ』をつかんだ。
その瞬間、『それ』はにぶいきらめきを放った。
まるで――
永い眠りから、目ざめたかのように。
*
ぱしゃん。
水のはねる音がひびいた。
「・・・・っ!」
いつの間にか、犬の周囲は、足首の高さほどの水で満たされていた。
あたりは真っ暗で、何も見えない。
たったいま入ってきたはずの玄関の扉も、どこにも見つけられなかった。
「なんらよ・・・これ・・・・」
それは奇妙な感覚だった。
いきなりの異常な事態に、ふつうならもっと危機感をおぼえていいはずだ。
しかし、犬は、なぜか恐れも不安も感じていなかった。
「!」
暗闇の中に、ふいに明かりがともった。
ぼつりぽつりと、まわりであわく光っているそれらは、
この世のものとは思えないほど美しい――藍色の蓮の花だった。
「骸・・さん・・・」
無意識に、その名をよぶ犬。
「・・・骸さん?骸さんなんれすか?いるんれすか、骸さん!」
彼をよぶ声は、絶叫へと変わる。
ついに見つけた――さがしもとめていた彼の手がかりを。
「骸さんっ!返事してくらさいよ!骸さん!骸さぁぁぁぁんッ!!!」
声をはりあげながら、犬は走り出した。
バシャバシャと水を蹴りあげ、蓮の花の光が照らす暗闇の世界を、無我夢中にかけぬける。
感じていた・・・・この世の果ての見えない闇のむこうに、彼がいると。
「っ!」
前方に、うっすらと人影が見えた。
「骸さんっ!」
犬の速度がはねあがる。
水の上を飛ぶように走り、あっという間に距離をちぢめる。
「骸さぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!」
いきおいあまって飛びついた犬は、そのまま相手を押し倒した。
そして――
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!?」
悲鳴まじりの絶叫がほとばしった。
細い背中ごしにまわした手がつかんだのは、かすかな胸のふくらみ。
犬が、後ろから抱きついたその相手は――
「・・・・犬・・?」
眼帯の少女は、とつぜん押し倒されたにもかかわらず、何もなかったかのようにぼんやりとしていた。
一方の犬は、赤くなったり青くなったり、まるでこわれた信号機のようになっていた。
「ム・・・ムムネネネネネネ・・・・ムムクククククムネネネネネネ・・・・・」
「・・・重い」
「っ!」
犬は、あわてて彼女の上から飛びのいた。
「・・・・・・・」
少女は、ゆっくり身体をおこすと、水の中にすわりこんだまま、ぽかんとした目で犬を見つめた。
「犬・・・どうして・・・」
「どっ、どどど、どうしれって、そ、そんなのこっちが・・・・っ」
あわてて言い返すが、何も考えがまとまらない。
と、少女が、静かにうつむいた。
「・・・ごめんね」
あたふたしていた犬が、動きを止める。
―ゴメンネ・・・・ごめんね?
どうして、このオンナは、自分にあやまっているのだ?
「!」
眼帯の少女の姿が、ゆらめいた。
「あ・・・・」
あわてて手をのばす犬。
しかし、押し倒したことを思い出し、ふれる直前で止まってしまう。
その間に、彼女の姿は、さらにゆらゆらとゆらいでいき――
霧のように、消えた。
気がついたとき、犬は、玄関に一人で立っていた。
「んなっ!?」
あわててあたりを見回す。
そこは、何もおかしなところのない家の中。
水も、蓮の花も、どこにもない。
そして――彼女の姿も。
「どっ、どこに行きやらった!なんなんらよ、いまのは!」
返事はなかった。
シンと静まりかえった空気に、犬はごくりと息をのむ。
「か、かくれてんじゃねーびょん、コラァッ!」
犬は土足のまま、家の中へとふみこんでいった。
キッチン、ダイニング、リビング、客間――手あたりしだいに扉をあける。
しかし、彼女の姿はどこにもなかった。
「く・・・・・・」
犬に押し寄せる不安。
さっきまで自分がいたあの闇の世界はなんだったのか――
どうして、骸が近くにいるような気がいたのか――
そして、あのオンナは、どこへ行ってしまったのか――
「あーーーーっ!もう、何がなんだかさっぱりわかんねーーーびょん!!!」
「だろうね」
「っっ!!!!!!」
思いがけない返事に、おどろいてふりかえる犬。
うす暗い廊下にじっと立っていたのは、千種だった。
「かっ、柿ピーっ!!!おまえっ、いつの間に・・・」
「犬」
とまどう犬にむかって、千種は口をひらいた。
「・・・・彼女だ」
「あぁ?」
「・・彼女だったんだよ・・・・―――もう一人の骸様は」
感じる――
静かな闇の中で、自分がとけていくのがわかる。
「・・・・・・・・」
犬――――
どうして、彼がいたのだろう。
城島犬と柿本千種と――三人といっしょにいてほしいと、あの人に言われた。
でも、自分は、三人に必要とされなかった。
やっぱり、自分ではだめなのだ。
自分はあの人の力になれない。
この先に待つ戦いだって、役に立てはしない。
そのことが悲しくて・・・悲しすぎて消えてしまいたかった。
「・・・骸・・・様・・・・・」
まどろみが、すべてをつつみこんだ。
「バカ言ってんじゃねーーーびょんっ!!!!!!!」
深夜の静けさをうちやぶる大声で、犬はさけんだ。
しかし、その大声では、すぐ側にいて先ほどよりも『呆けて』いるには届かなかった。
「あっ、ああ、あのオンナが骸さんなんてこと・・・」
「・・・・・・」
犬が二人と合流したときには、彼女はすでにこの状態だった。
いくら話しかけても返答がなく、かろうじてこっちの言っていることはわかるようで
をここへ連れてきた千種。話しには参加させず、近くにすわらせている。
がくぜんとする犬を無視して、千種はあたりを見わたす。
少しを見たが、まだ回復しないようだ。
「・・・・・彼女はどこ?」
「しっ、知らねーびょん!つか、勝手にどっかに消えやらって・・・」
「消えた?」
千種の表情が曇る。
「そうか・・・犬の居場所をつきとめられたのも。すでに力が目ざめていたから…」
「って、一人でなっとくしてんじゃねーびょんっ!力とか、なんのことだよ!もっとオレにわかるよう…」
「・・・・うるさい。めんどい」
「うるさめんどくねーーーーっつーーーーーのっ!!!」
「・・・時間がない。このままだと・・・彼女を失うことになる」
「・・・っ!?う、うしなう?」
「彼女は・・・骸様じゃない」
「はぁ?柿ピー、おまえさっき…」
「骸様以外に、六道輪廻の力は使いこなせない」
千種とは、黒曜ヘルシーランドで手に入れた『それ』を通して骸の意志――
精神世界に残された骸の記憶の断片を、つかみとっていた。
ただ『もう一人の骸をさがせ』とだけメッセージをあたえられたのも、
思念が追跡されるのを警戒し、千種たちに直接この情報を手に入れさせるためだったのだろう。
もうすこし早く気づいていれば、彼女を確実につかまえることができた。
しかし、それは、やはり困難だったというしかない。
彼女が、黒曜ヘルシーランドをおとずれ、
その秘めた力が戦いの場に残った記憶と共鳴したことによって初めて――
骸の残した『それ』が、現実の世界にあらわれることができたのだから。
「・・・・・・・」
答えは出ていた。
彼女を失うことはできない。
なら・・・・やるべきことは一つ―――
「・・・犬・・・・・」
千種は、服の内側にしまっていた『それ』をにぎりしめた。
「お!やっとまともに言う気になったのかよ!
さっさと柿ピーの知ってることぜーんぶオレに…」
ドスッ!
「!」
犬は悲鳴をあげることすらできなかった。
「・・・柿・・・ピー・・・・・?」
腹部に感じる焼けるような感覚。
それは、すぐにジクジクと広がる痛みに変わる。
「・・・・・・・・」
視線を、ゆっくりとおろす。
犬の腹に深々とつき刺さっていた『それ』は―――三叉の槍だった。
*
・・・・痛い――――
・・・痛い・・・痛い・・・痛いよぉ・・・・――
犬は、何度も、泣きさけんでいた。
大人たちは、そんな犬を、冷たく見おろしていた。
手術台に拘束され、さまざまな機械とつながれた犬を。
そして、さらなる激痛に、血をはくような悲鳴がほとばしる。
助けて―――!
だれでもいい―――なんでもいい―――!
ここから――この地獄から――!
それは――城島犬という人間に刻まれた記憶。
そしてもう一つの痛みの記憶がかさなる。
・・・だめ―――
・・・そっちに・・・そっちに行っちゃ・・・・だめ―――!
黒猫を追って、彼女は車道に飛び出した。
まぶしすぎる二つのライトと、耳をふるわせる急ブレーキの音。
瞬間、彼女はいままで味わったことのない衝撃をその身体のうけた。
痛みも何もなく・・・一瞬ですべてが消えた。
痛みを感じたのは、手術台の上だった。
同時にすべてが見え、聞こえた。
すでに手遅れと、冷たく見おろす医師たち。
無理をしてまで生かすことを望んでいないと言う両親。
それは・・・・同じ―――
大人から―――
世界から見放された者の―――
「――っ・・・」
そのときだった。
痛みに満ちた・・・記憶の世界がゆらぐ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――んあああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮。
人間の出せる音量をはるかにこえた絶叫。
すべてのゆがみが吹き飛ばされ、白い光に包まれたそこに―――犬と、彼女がいた。
彼女が、犬を見た。
犬もまた、彼女を見つめかえす。
「・・・・・・あ」
犬が無造作に彼女の手をとった。
彼女がバランスをくずす。
倒れてきた彼女の身体を犬はそのまま自分の胸でうけとめた。
「・・・おまえ・・・・ふざけんなよ・・・・・・」
犬は、すべてを理解していた。
初めて彼女を見てから、どうして忘れられなかったのか―――
その一番の理由は――彼女が昔の自分と同じ目をしていたから。
「・・・ぜってーゆるさねぇ・・・・」
「・・・・っ・・」
「・・・ぜってーに・・・・ぜってーにぃぃぃぃ・・・・・」
「こんなとこで消えるなんて、ゆるさねーからな」
犬の身体にもたれていた彼女が、おどろいたように顔をあげる。
その赤くそまったほおに落ちる――――熱い雫。
「・・・・・あ・・・」
ちがった。
犬の流しているものは、彼女が知っている涙とはちがっていた。
「・・・・・あった・・・かい・・・・・・・」
指でふれて、そっとなぞる。
彼女は、しみわたっていくその熱に身をゆだね――静かに、目を閉じた。
*
「・・・・・・・」
まだ、誰も起きない。
千種は、まわりに倒れて意識を失っている三人を見わたした。
一人は、自分が気絶させた犬。一人は、犬を気絶させたあとに見つけた、眼帯の少女。
一人は・・・・ずっと『起きない』。
犬を気絶させたあと、をすぐに寝かせた。
自分と同じように過去を再生されたのか、クロームのことがショックだったのか―
精神世界から帰ってきたときには、すでにからっぽな表情をしてうつむいていた。
それから一向に回復しないため、休ませたのだ。
(・・・・そういえばの過去って)
「・・・・・・・」
千種が考えはじめたと同時に、倒れていた犬が、ゆっくりとおきあがった。
腹に刺さっていたはずの三叉の槍はどこにもなく、傷跡すらなかった。
「・・・犬・・・・・」
そばにいた千種が、ほっとしたような息をもらす。
それは、日ごろ感情を表に出さない千種にとって、きわめてめずらしいことだった。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな千種を、無表情に見つめる犬。
そして、
「――っ!?」
ボグゥッ!
容赦ないパンチが、千種の顔にたたきこまれた。
眼鏡が飛び、細い身体がくずれ落ちる。
「言ったよな・・・柿ピー・・・」
立ちあがった犬は、千種を見おろしながらつぶやいた。
「またオレにブッ刺したらゆるさねーて」
「・・・・・・え?」
「言ったよなぁぁっ!!!」
「・・・・・・・・・」
しばらく瞳をゆらして考えてた千種だったが、
「・・・・・ごめん」
その口から、素直な謝罪の言葉がこぼれた。
「フン・・・」
犬は鼻をならして、千種から顔をそむけた。
そして、目じりに残っていた涙を、乱暴に腕でぬぐいとった。
「あーーーーーーっ!つか、こいつ!
さんざんオレらのことふりまわしやらって、マジムカツクびょん!!!」
犬のにらみつける先に――赤ん坊のようにおだやかに眠る少女の姿があった。
その胸には、しっかりと三叉の槍が抱きしめられていた。
「なに、スヤスヤ寝れんだびょん!
その槍らって骸さんのだろぉ!てめぇ、チョーシのってんじゃねーぞ、コラァッ!!!」
彼女の手から、槍を取り替えそうとする犬。
しかし、彼女はしっかりとそれをにぎりしめて放さなかった。
「・・・いや・・・・」
「『いや』じゃねーっつんらよぉっ!てめぇ、ブス女のくせに、オレにさからおーって…」
「・・・・・・・・・スゥ・・・」
「って、寝言かよ!だからおきろってんらよぉっ!!!」
じゃれあっているようにしか見えない二人を前に、千種は、
「・・・めんどい」
いつもの調子で、ため息をついた。
(・・・・・・)
*
夜が明けるころ、犬と千種とは、黒曜ヘルシーランドへともどった。
眠りつづける眼帯の少女をつれて。
「―――クローム髑髏」
犬のむかいにすわり、千種が口をひらく。
は近くのソファで横たわってはいるが――意識はある。
体調が悪いらしく、身体を寝かせ、会話には参加している。
「骸様が、彼女に刻んだ名前だよ」
「・・・・・・・」
「・・・・・どくろ」
ぼそっと、が呟く。
犬は真剣な顔で、千種の話に耳をかたむける。
「裕福な家庭の一人娘。母親は女優。父親は大企業の部長。もっとも父親と血のつながりはない」
「・・・・・・・・」
「十日前、乗用車に激突され、その事故で内臓の一部と右目を失う。
そして、生死の境をさまよう魂が、精神世界で・・・骸様と出会った」
ピクリ。
だまって聞いていた犬が、かすかに反応する。
「彼女には、特別な才能があった。 強制的な憑依や洗脳を必要としないで、骸様の精神と能力の器になれる才能が」
「・・・だから、骸さんにえらばれたのかよ」
「あたりまえだろう」
千種は冷たいまなざしでこたえる。
「他になにがあるの?」
「・・・別に」
千種から目をそらす犬。
千種は、何事もなかったかのように話をつづける。
「いままで話したことは、骸様の槍にふれてわかったことだよ。
あの槍は・・・骸様の精神が形になったものだから」
「それで、オレにブッ刺したのかよ・・・」
「幻覚の世界へ行くのに、それが一番てっとり早いと思ったから」
悪びれずに言う千種。
「話し聞いてた?」
気になったのか、に話しかけた千種。
は何も言わない。
「・・・クローム髑髏の名前、初めて聞いたように言ってたけど」
さっきのの呟きを思い出す。
自分が犬に言った少女の名前。
それに反応をしめしたのは、千種といっしょに見て、知っていたはずのだった。
そして、いま犬に話したこともすべて、彼女は知っていたはずだった。
だが、たびたびの顔を見れば、真剣に千種の話を聞き入ってるようだった。
千種のその問いに対して、は小さく口を開けるが、何も言わない。
「・・・・・初めて考えた」
少しの間をあけて言った。
記憶には残って見てはいるが、理解はしてなかったようだ。
「(・・・なら再生された過去。それにとらわれていた)」
声には出さず、そう心でいう千種。
しかしいまは止めようと思ったのか、話をもとに戻しはじめた。
「これからは力が暴走することはないと思う・・・骸様の槍が、力を制御してくれるはずだから」
「・・・・・・・」
犬の眉間に、深いしわができる。
「なっとくいかねぇ」
「・・・・?」
「あいつは骸さんの力を使える。なのに、なんれ骸さんじゃねーんらよ」
「・・っ、」
「犬・・・」
わかっているだろうというように、ため息をつく千種。
いくら精神世界でのつながりがあるとはいえ、骸の肉体そのものはいまだ復讐者(の牢獄の中にあるのだ。
「とにかく、オレはあいつをみとめねーからな」
「そう・・・」
千種が、犬の肩にポンと手をおく。
「つった魚に・・・・エサはやらない」
「そう。つったサカナに・・・・って、ちがうだろうがぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「(バカ・・・)」
めずらしくクールな調子だった犬が思わず大声をあげた――
そのとき、
「っ・・・・」
人の気配を感じ、三人同時に目をむける。
そこには隣の部屋で眠っていたはずの少女――クローム髑髏の姿があった。
「・・・・・・・」
無言のまま。物陰に隠れるようにしてこちらを見ているクローム。
その姿に、犬はイライラした顔で、
「おいっ!ンなところで何やってんらよ!!!」
「・・・・あの・・・言いたいこと・・・あって・・・」
「言いたいことぉっ!?てんめー、つまんねーことだったら、タダじゃおかねーびょん!!!」
「・・・・・じゃ・・・いい」
「って、気になんだろうがぁっ!さっさと言えよ、コラァッ!!!」
「ちょっと落ち着け犬、うるさい」
犬の怒声にピクピクッと身体をふるわせたあと、クロームはちいさく口をひらいた。
「・・・骸様に言われたの・・・私・・三人といっしょに・・・戦う・・・・」
「骸様の代わりに戦う」
その瞬間、犬の怒りが爆発した。
「骸さんの代わりだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」
彼女のもとへダッシュし、
「きゃ・・・・っ」
その頭を、小脇にグイッとかかえこむ。
おどろいてパタパタ手をふるクロームだったが、その抵抗はあまりにかよわいものだった。
「ちょっと犬・・・」
「止めんなよ、柿ピー!こいつが骸さんの代わりとかほざくんならなぁ…」
「きっちり骸さんになってもらうぜぇぇぇっ!!!」
そう言い、犬はクロームをかかえ、あるものを取り出しに行った。
その光景を少し遠くから見守る千種。
ふと、の方を見た千種。すると彼女は、ソファに丸くうずまって倒れていた。
すぐに駆けより、の顔を見るが、なんともいえない複雑な顔をしていた。
「・・・・・・」
「・・・?」
そう訊くと、
「あ、・・・大丈夫」
いつもの表情にもどった。
とくに何もないと思い、千種は空いたの隣りにすわり、一息ついた。
(つかれた)
十分後―――
「・・・・・・・」
クロームは、手鏡にうつし出された自分を、ぽかんと口をあけて見つめていた。
一方の犬は、ハサミを手に、得意そうな顔をしていた。
「どうれすよ、柿ピー?」
「・・・・・・」
あきれたように頭をふる千種。
「・・どうれすよ、?」
「まぁさすがというべきかな」
言葉とは裏腹に、冷めた目で言う。
その視線の先には――骸とまったく同じ髪型にされたクロームの姿があった。
「だてに毎日ナッポーとか見てたわけじゃねーびょん。これくらいよゆーれすよ」
これまでずっとクロームのペースにのせられてきた犬は、
やっとお返しができたと言いたそうに、すっきりした顔をしていた。
しかし―――
「・・・・・・・・・・」
静かに手鏡を床におくクローム。
くすん、と鼻をすする音が、犬の耳にとどいた。
「あ・・・」
しまったという顔になる犬だったが、すぐに強がって腕を組み、
「オ、オレは、おまえが骸さんになるって言うからやっただけらびょん!
いまさらなに言われたって知らねーびょん!」
「・・・・・・・・」
彼女は何も言わず、顔を手でおおったまま隣の部屋へと消えていった。
「・・・・犬」
「なっ、なんらよ柿ピー、その目は!?オレが悪いっつーのかよ!」
「単なるイジメだけどね」
「つか、あいつが骸さんとどんなカンケーがあるかとか、そんなの知ったこっちゃねーびょん!
悪いのは全部あいつで・・・・・って、おわぁぁぁっ!」
つきつけられる刃――
いつもどってきたのか、そこには包丁をもったクロームが立っていた。
「てっ、ててて、てめぇっ!?どっからそんなのもってきたびょん!オレとやるってのかぁ!?
上等らびょん!どっからでもかかって…」
「食べられないもの・・・・ある?」
「食べられないものぉ!?何もってこよーとオレは…」
「ごはんに・・・・するから」
そう言うと、彼女はふたたび隣の部屋にぱたぱたと消えていった。
「・・・・・・・・・・」
ファイティングポーズのまま固まる犬。
「(包丁といい、食料どっからもってきた)」
気に食わないところがあるようで、額にわずかな青筋をうかべている。
そして―――三人同時に、腹の音がなりひびいた。
*
自分がまだイライラしてることに気づいてて、しばらく時間をおいてた。
苛立ちはだいぶなくなったのは、そんなに遅くなかった。せいぜい2、3分。
最後に身体の調子を確かめて、立ち上がって隣の部屋へ行こうとする。
「、もういいの?」
「うん、ありがと千種」
「・・・どこ行くんら」
「隣り。料理手伝ってくる」
そう言って壊れてしめることができない扉を押し、外へ一歩出た。
・・・出たところで、止まった。
「犬、ありがと。危なかった」
「んあ?」
いちおうお礼を言って、すぐに隣りへ向かう。足取りは重いけど。
『骸さんの代わりに戦う』
犬は髑髏の言葉にキレてたけど、実は私もキレてた。
犬の怒鳴り声でなんとか我に返ったけど、あのままだとイジメじゃすまされなかった。
私もまだまだだなって、一人また反省して、隣りの部屋へ入った。
とつぜん現れた私に、とうぜん髑髏はおどろいてた。
・・・そういえば、まだ口利いてなかった。
私、おもいっきり睨んでたから第一印象、怖い人かも。
そう不安に思いながらも中に入り、「手伝うことある?」と真顔で訊く。(変に笑っても怖がられそうだし)
そうすれば髑髏は「・・・これ、お願い」と少し潰れたジャガイモが入ったボールを渡される。
・・・材料を見るかぎり、これはポテトサラダかな。なんでこうもキライなものが重なるのだろう。
実は焼き鮭もあまり好きじゃなかった。もしかして髑髏と私の好みは真逆・・?そう思い、訊いてみる。
「ね、パイナップル好き?」
「?・・・きらい」
「(あれ)じゃあチョコ好き?」
「好き」
うーん・・・やっぱり偶然か?チョコは私も好きだ。
「チョコ、なんか詳しくこれが好きってやつある?」
「麦チョコ」
「・・・・・・ふーん(ちっ)」
ちなみに私は駄菓子系はダメだ。好きなチョコはホットチョコ。
あと豆がダメ。ポテトサラダ含め、これらもさもさしたものはダメなのだ。
髑髏も一見ダメっぽそうなのにな。
「あと・・・脂っこいものもきらい」
「私も」
「・・・・水飴は好き」
「(駄菓子か)辛味は」
「?・・・別に」
・・・本当に微妙なとこだな。
私は骸さんとは、ほぼ同じ味覚だったんだけどな。犬とは真逆。
・・あんにゃろう、私がいいと思うものすべて駄目だししやがって・・!
どすどすと力強くジャガイモたちを潰してったら、髑髏がこっちを見つめていることに気づいた。
あ、怖かったかな。それとも怪力とか思ったかな。
どうでもいいや。そう思った瞬間、髑髏が話しかけてくる。
「・・・怒ってる?」
ピシッ
私の中の何かに亀裂が入った音がする。
ちがう、確かに怒ってたけど、ちがう。髑髏にじゃない、犬にだよ。落ち着け・・落ち着け・・。
自分に暗示をかけてもなかなか震える手は納まらなくて
それが余計に髑髏を不安にさせるのか、またいらないことを言ってくる髑髏。
「・・・私ができることならなんでもするから」
『骸さんの代わりに戦う』
ちがうっ――!
ドスッ
最後に押しつぶし、一つの作業が終わったことを証明する、潰れたジャガイモたち。
「・・・終わった」
一言いって髑髏の側の机にボールをおく。
もうだめ・・。これ以上いたら何かする。
そう思い部屋を出ようとしたが、
「・・髑髏」
遅かったのか、勝手に口が動いていく。
「私はあなたの気持ちも、さっきの言葉がどうゆうつもりかも知らないけど…」
「簡単に、骸さんの代わりなんて言わないで・・!」
唇を噛みしめて、ふるわせながら言ったから、髑髏には聞こえなかったかも。
でもそれでいいのかもしれない。こんなこと言っちゃいけないのかもしれない。
でも・・・言わずにはいられなかった。
さすがにもうマズイと思い、部屋から走り去る私。
もしかしたら犬なんかより、私の方が髑髏を嫌ってるかもしれない。
犬が切った、髑髏の髪。
犬はなんのつもりかしらないけど、私にとってはそれは恨めしいことだった。
見るたびに思い出す面影。まったくの別人なのに、重なるシルエット。
所詮は―――似非。
やっとやっと手がかりを見つけられた。
でも・・・あなたじゃなきゃ、だめなんです。
「骸さん。・・会いたい・・・」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
おっそろしく長い。
・・・・・ヒロイン活躍なさすぎだ。まぁ髑髏の話しですし。
ってかこれ、まんま写していいのかな。著作権とか・・・。
これはあくまで原作沿いです。・・・・こわいな(ぁ
どうかみなさん、本物のmono・CHROMEを読んでください。すっごいステキなんで。
こんなもん擬似なんで。
っつか落ちがやっぱありえない。どうなんだこれ。
髑髏大好きな人には大変申し訳ない。
これから仲良くなっていきますので、ご心配なく。
しかし長かったです。クローム髑髏編。しかし楽しかった。
でもやっぱギャグ書いてるのが一番楽で楽しいんで、これからまたギャグに戻ります(ぁ
2008.07.04