「・・・・・・・・・・」
千種からの視線を逃げるように逸らす犬、じっと犬を睨む千種。
一体、どのくらいの時間が経っただろうと私が思う中
やっと沈黙を破る声が聞こえた。
「理由」
やっと喋った。今まで呆れてたんだろうか。
私はそう、千種と同じように犬を見るでもなく、そんな千種を見ているわけでもなく
犬の買ってきたものたちを見ていた。
一方、訊かれた犬は、千種の質問に答えないでただ黙る。
そして千種もまた言うわけでもなく、ましてや私が言うわけでもなく
また長い沈黙が訪れる。
ただ時間が過ぎていく。五分・・・十分・・・―――
「・・・んんん・・・んぬなぁぁぁぁぁっ!らしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
はっ、つい眠りそうだった。
急に聞こえた犬の唸り声はすぐに雄叫びとなり、私の脳を覚ました。
(犬、沈黙に耐えられなかったんだ。さすが千種)
「こいつらが店の前で『クフフフ』って言ってたから思わずさぁ」
んなバカな。
心でつっこんでると、今まで無言無反応無表情だった千種がピクリと動いた。
「パイナップルは、そんなこと言わない」
バシュッ!
「(これは犬が悪い)」
まぁここまで待った千種が珍しいな。いつも以上に呆れたんだろうけど。
ちらっと見た千種の手を見れば、ヘッジホッグを握ってた。
すでに針は発射済みなようで、犬のお尻に突き刺さってた。
お、オニ・・!地味に痛いとこを・・。
まぁ犬なら刺さったときだけの痛みで済むだろうけど。
そう犬を見たら予想以上に深く刺さったのか、涙目で千種に訴えてた。
犬はあたふたしながら大量のパイナップルを持って、全速力でその場から逃げ出してく。
「・・・・めんどい」
とても重い溜息を吐いた千種を見て、思わず苦笑する。
「長い攻防だったね。千種の楽勝勝ちだけど」
「黙ってないでも言ってよ」
少しからかうように言えば、ギロリと睨まれる。
イヤだよ。だってなんとなく犬の気持ちわかるもん。
そう言えば千種は私の前に立つ。
ピンッ
「ダッ」
「までバカなこと言うな」
何かと思ったらデコピンかよ・・!今日は珍しく面倒なことばっかやるじゃない!
千種の言葉には返事をせず、千種も何も言わない。
静寂が再び訪れたこの廃墟、黒曜センター。
何もすることがないとき、人は自然といらないことを考えてしまう。
そもそも、犬がまず一人で出かけてったことが始まりで
大量のパイナップル買ってきて、返してこいって正論を言った千種に歯向かって・・・
って犬が全部わるいんじゃない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
―――ちがう。
そんなことが本当の理由じゃない。
いらだってた。千種も犬も・・・私も。
「・・・骸様・・・」
不意に千種が言った言葉。私はリアクションもせずに、耳に入ってく音。
突然でも私が驚かなかったのは、まったく同じことを考えてたから。
ちらりと千種を見れば、彼の瞳は『今』を映してなかった。
昔の、エストラーネオファミリーのことでも思い出してるんだろうか。
私はあのファミリーの身内ではなかったから、あいつらへの憎しみはあまりない。
だからその地獄から救ってくれた骸さんを慕い、マフィア殲滅に力を入れるのはわかる。
・・・まぁ私も似たようなもんだけど。
ってゆーか、私よくこんな余裕かましてられんな。・・数日前までとは別人だ。
まぁ元々の性格・性分なんだろうけど。
そんないつもの私に戻してくれたのは、やっと手に入った情報。
十日前のあの日の、骸さんの声。
もう一人の僕をさがしなさい。
まるでタイミングを計ったかのように眠っていた最中言われた。
その声は犬や千種にも届いていて、私たちはすぐに日本へ向かった。
もう一人の骸さん、日本。キーワードはその2つだけだった。
私たちは睡眠や食事の時間も削って情報を探したが、手がかりは何一つつかめなかった。
そんな日が続いたらいらだつな、そりゃ。今度から気をつけよ。
独り反省してると、視界の端で千種が動いたのを見た。
千種の視線は自分の足元へ向かってて、そこにはパイナップルが一つあった。
・・・犬、見落としてったな。
そのパイナップルを何気なく手に取ろうとしたのに、先に取ったのは千種だった。
片手で持ち上げたそれを両手で支え、見つめる千種。
「・・・骸様」
切なく響いた千種の声に、とても返事をする気にはなれなかった。
*
「っらく、柿ピーのやつ、なにマジ切れしてんらびょん。
もっとメガネとか食べてカルシウム補給しろっつーの」
夕方の公園。
彼は、芝生の上に寝転んで、赤くそまっていく空を見つめていた。
と、その口から、外見に似あわない弱々しいため息がこぼれた。
「骸さん・・・」
彼もまた、仲間の二人と同じように過去に考え耽っていた。
城島犬が骸の言葉を受け取ったのは、骸を助けるために無謀ともいえる救出作戦実行の直前だった。
仮眠中だった犬の夢の中に、彼が現れ、その言葉を聞き取った。また千種も聞こえていた。
とつぜんのことに二人はとまどったが、骸からの命令は絶対である。
救出作戦を中断した二人は『もともと作戦に入れてなかった』もう一人の仲間と共に
日本へと、まいもどってきたのだ。
「なんなんらよ、もう一人の骸さんって・・・ぜんぜん、わけわかんねーびょん」
情報を求め、血眼になって探したが、何も見つからない。
そのせいでついに幻聴が聞こえてしまったのか、いらだって仲間に当ってしまったのか。
どれだけ探しても見つからず、栄養もまともにとってない彼らは限界に近かった。
「・・・・骸さん・・・・・・」
まぶたが、ゆっくりとおりてゆく。
つかれに身をゆだねるようにして、犬はスッと眠りに落ちた。
夢を見た。
思い出。忘れられない、大切な思い出。
地獄だった研究所、助けてくれた恩人にも警戒心を持っていたころ。
外に出たばかりで、自分たちには何もなかった。装備や情報、食料。
そして恐怖で何もできなかった。
自分たちのため、林檎を持ってきて差し出してくれた。
最初は手を伸ばさなかった。何かの罠じゃないかと疑っていた。
でもあまりの空腹によだれが垂れ、凝視していた。
助けてくれた彼は二度目の、真新しい林檎を差し出してくれた。
犬は躊躇もなく林檎を手に取り、かじった。
それからあとはひたすら林檎を食べ続け、空腹を満たしていった。
気づけば、千種ももまた犬と同じように林檎にくらいついていた。
あのときの林檎の味は一生忘れない。
忘れられるはずがない。
それは――骸との契約だった。
「・・・ん」
寝起きで頭がぼうっとするなか、うすれゆく夕日が犬の瞳をさす。
日が完全に落ち切っていないところを見ると、まどろんでいたのは長い時間ではないようだった。
と―――
「んあ?」
犬は、気づいた。
夕焼け空をバックに、誰かが自分を見おろしていることに。
「ん?んんんん!?」
さらに、自分の頭の下に、さっきまでなかったはずの、やわらかくてあたたかなとても心地のいいものが――
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!!」
*
「犬、どうしたんだろ」
「・・・・・・・」
犬は思ったより早く帰ってきた。
でもすぐにある一つの部屋にこもってしまい、会話もしてないまま時間がすぎた。
あんな事件があったから千種も私も、今日の情報収集は中止にした。
たまにはまともにご飯食べようと、犬が持ってきたパイナップルを台所へ持ってきたはいいが…
(パイナップルなら、パイナップルチャーハンがいいかな。って、他材料ないし。
パイナップルだけで食べようにも、私パイナップル好きじゃないんだよね)
どうも良い案が浮かばない。
せめて林檎だったら・・・好きだし、調理方や食べ方・切り方もいろいろあるしよかったのに。
それに・・・あのときも林檎だったから。
なんて今手元にないのだから、叶わぬことは考えるのやめよう。
料理も諦め、千種の居る場所へと向かった私。
時計はもう十二時半をさそうとしてる。
千種は今なにを考えているのか知らないけど、いつもの無表情だった。
私はいつもの不規則な生活のせいでまだ眠れない身体のことを考えながら外を見ていた。
「っ!」
「っ、千種」
千種と同時に、建物の中どこかの気配に気づいた。
これは犬じゃない。犬は気づいたかな・・。早めに知らせといたほうがいいよねそりゃ。
「千種、犬のほうお願い」
「わかった」
侵入者はまだ近くないし、気配を隠せないなんて大したやつじゃないでしょ。
声のボリュームはいつも通りで話せば、千種も同じことを思ったのか緊張の欠片もない余裕さだった。
「」
「あれ?犬、なんか目が充血…」
「ほっとけ!」
「犬、だまれ」
侵入者の近くで合流した私たちは小声で話す。
相手はこっちに気づいてないのか?ただの迷子かな。まぁどっちにしたってタダじゃ帰さないけど。
千種はヘッジホッグ、犬はカートリッジがあるポケットに手を入れて様子を見てる。
この闇の中なのにあんま音聞こえない。迷子なら食料とかあさると思ったんだけど。(むしろこっちが食料ほしい)
ちょっと歩く音ぐらいなら聞こえる。そろそろか。
侵入者がいるであろう部屋のドアを少し開け、中を3人で覗く。
と、
「んああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!?????」
「けっ!?」
犬の突然の絶叫に驚いた私。千種は小さく舌打ちして、扉の陰から飛び出した。
そして、部屋の中にいた人影に飛びかかり、一気に押し倒した。
「さすが、ちく…」
「まっ、待つびょん!柿ピー!!!」
「・・・・・・・」
冷たい表情でふりかえる千種。
その手は、油断なく侵入者の首をつかんでおさえこんでる。
・・・・ちょっと。侵入者ってこの女の子?どう見ても一般人だ。
そう侵入者を観察してると「おまえ・・・なんれ・・・」と犬の声が横から響く。
犬はその子を見ていて、『信じられない』というような表情で声をふるわせた。
「なんれ、こんなところにいるびょん!!!」
そのセリフに私と千種が反応する。
なにこれ、セリフ的にただの知り合いっぽい感じじゃないんだけど。
「・・・知り合い?」
「っ!?」
千種が聞く。犬は一瞬で我に返ったように、勢いよく頭を横にふった。
「こんなっ、やっ、やつ、ややややややや・・・」
「・・・・・・・」
千種はゆっくりと立って、女の子から身体をどけた。
「もう一度聞くよ、犬。この女は誰?」
「・・・そ・・・そいつは・・・その・・・・・・・」
「!」
「んっ?」
倒れてた女の子が、人形が糸で起き上がったかのように、身体をおこした。
その様子を見て千種は少し構えてたけど、私はさっきからその子を見てたし
千種のように犬を見て、その子に背を向けてたわけじゃなかったから、危機感はなかった。
女の子は本当の人形のようにテキパキカクカクと動いて歩く。
近くの床に転がってたバッグにむかって手をのばす。
「うっ、動くなびょん!おまえ、どうゆう状況かわかってんのか!?」
さすがのその大胆な行動にはみんな驚いた。
すぐさま言った犬の絶叫もむなしく、女の子はバッグを引きよせ、その中に手を入れた。
やっぱり千種は犬より冷静だし、私よりだいぶ戦場慣れしてるから対応が早かった。
ヘッジホッグを容赦なく女の子へ向け、投げようとすると――
「・・・・っ」
千種が止まった。止められた。
後ろにいた犬に、腕をつかまれて。
「犬?」
「・・・どうゆうつもり?」
犬はこたえなかった。
ってゆーか、この子すら自分が何やってんのかわかんないって顔してんだけど。
「か、柿ピー・・・オレ・・・オレ・・・・」
その間に、女の子がバッグの中のものを取り出した。
「っ!?」
「へ?」
四角い箱の中につめられた――オレンジ色の鮭の切り身、キツネ色のから揚げ、
あざやかな黄色のたまご焼き、白くつややかにかがやくごはん。
それはどう見ても『おべんとう』以外の何ものでもなかった。
「・・・・・・・・・」
あぜんとなってそれを見つめてしまう私たち。
おいしそうなにおいに、お腹がなった犬。
と、その音に重なるようにして、
「柿ピー?」
「・・・・」
無言で視線をそらす千種。千種にしては大きな音がなったお腹の音。
ちょっと二人してやめてよ・・・。こっちだってギリギリ。
そう思ってなんとか我慢する私。
「これ・・・」
「!」
我に返る私たち全員。
そんな三人にむかって、その子は無表情のまま弁当箱をさし出した。
「お・・・おい・・」と犬が言う。
「おまえが・・・作ったのかびょん?」
こくり。
「もしかして・・・オ、オレのために?」
こくり。
「っ・・・!」
え、彼女?なに色ボケてんのコイツ
とか一瞬で思ったけど、犬の顔が今まで見たことないような怒った表情をしていたから、思わず黙った私。
次の瞬間、シンとしてた空間が怒声で包まれる。
「おおっ、おまえ、バカかびょん!!!なに、わけのわかんねーことやってんらびょん!!!
そそっ、そんなっ、そんな弁当なんか、作ってくれなんて誰もたのんでねーびょん!!!
いきなりもってこられたって、そんなの食べるわけがねーーーびょーーーん!!!!!!」
あたふたしながら言った犬の怒声は私にとってみれば威力のないものだったけど
一般人の女の子が言われたらそりゃビビるんじゃないかと思った。泣くんじゃないかと。
でも私の予想は外れて、その子は泣きもしないしビビってもいないようだった。
ただ少し、かすかに目をふせて「・・・・・わかった」と言っただけ。
次の瞬間
カツンッ・・
「!」
あまりにもとつぜんのことで、犬も千種も私も指一本動かせなかった。
その子の手から弁当箱が落ちたのだ。当然中身は、無残にも床にばら撒けた。
事故ではなく、意図的だった。その証拠に彼女の表情に、ほんの少しの驚きさえも見えなかった。
「・・・・・・・・・・」
言葉もなく立ち尽くす私たち。
「・・・・・」
ぺこり。
彼女は小さく頭を下げて、私たちに背をむけた。
小走りに去っていく彼女―――
私たちはただ彼女の背中を見送っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
原作沿いって大変(ぁ
とりあえずめっちゃ長いので区切ります。
原作沿いでオリジキャラが出しゃばるの嫌いなので、ヒロイン大人しくしてます。
・・・しかしこれは活躍なさすぎではないだろうか。
後編は、髑髏とヒロインのオリジナル話もくっつけて活躍作りたいです。
mono・CHROME、めっちゃ良いんで是非公式小説読んでください。
っつか読んでなかったら、この話わけわかりませんね(遅
2008.06.01