の入れてくれるココアは、いつも微妙だ。

味はべつに悪くないんだけど、少し味が薄いし温度もぬるい。
『暖かく』とか『濃い目』とか注文すれば、一応そうはしてくれるけど
が作ってくれるとき、俺はいつも眠い。それに限らないけど。
だから…



「ココア作ろっかな。ジローもいる?」

「んー・・いるー」



ただ、これだけしか言わないのだった。
それに俺はホットより、早く飲めるアイスココアのほうが好きだし
味も、底にココアの塊がある、あの最後の濃い味も好きだったから、とくに注文することはない。
でもアイス、というと大抵あの微妙なココアが出てくる。

ココアパウダーを溶かすために少し電子レンジで温めたミルクは、
アイスにするために注がれた新たなミルクによって少し冷めて、でも温度は少し残っててぬるくなる。

はい、と渡されたマグカップを障ったら少し暖かいけど
ぐい、と飲んだ瞬間に寝ぼけてる俺はその期待を裏切られる。今日も変わらずいつものぬるさなのだった。

そうある意味期待通りのココアを飲んだ瞬間、目が少し覚める。
がココアを飲みたくなるのは決まって夕方の5時で、この時間は母さんが休憩する時間だった。
「ジロー、店番変わって」
ほら、きた。
もう日課になりつつあるこの状況に身体が慣れてしまって、俺は起き上がる。
少し飲んだココアを片手に、店のほうへ行く。
それと入れ替えには俺が座ってたソファに座って、
「いってらっしゃーい」
と手を振る。

「うん、いってくるー」







*








レジの前へ座って、レジの横にココアが入ったマグカップを置く。
この時間帯はけっこうお客さんがくる時間だけど、母さんが捌いてくれるため、今は暇になる。
20分もしたらまたお客さんがくる時間になるけど、その頃も母さんが休憩を終わらせてきてくれる。
だから俺は店番っていうか、見張りみたいになってる。うん、ていうかお留守番。
いつもレジの陰に頭を置いて、外やお客さんからは見えない位置で寝る。
(どうせこないよ)と思って寝てるのだけど、熟睡するわけにもいかないから
にもらったココアを少しずつ飲みながら、少しずつ目を覚ましてる。

寝てるからよく時間はわからないものの、まだ母さんが変わる時間じゃないのに物音がして俺は起きる。
(あれ?)



「すいませーん・・・ってジローじゃん」

「・・・岳人〜」



物音はお客さんとしてきた岳人だった。手に氷帝の制服持ってる。
それをカウンターの上に置いて、注文する。一応店番なんだし、聞かなきゃ。
「今日さ、牛乳こぼしちまって臭くなったんだよ」
「ホントだ、ちょっと臭う」
「だろ。今日中にできねぇか?」
パンっと手を合わせて、忍足によくやるお願いポーズを俺に向ける岳人。(二人はとっても仲いいCー)
岳人は確か、制服に予備は持ってなかったから今日中って言ってるんだろう。だったらなんとかしてあげたい。
牛乳こぼしたってところも小さいしそんな滲みこんでないから、すぐに取れると思う。
そう言えば嬉しそうに一息ついた岳人。

「でも緊急料金取るね」
「えー!そこは、な?友達サービスで」

勝手にそんなことしたら母さんに怒られるよ。この前そうだったもん。
けっこうこっ酷く怒られて、が庇ってくんなきゃもっと怒られてた。挙句にその分のお金も俺出したし。
それを思い出して、ダメーと断り続ける。と、岳人は諦めて「ちぇ」と言った。
そう拗ねてそっぽを向いたときに目に入ったのか、俺のココアを取った岳人。(あ!)



「うわ、びみょ・・!」

「うん、微妙だよ〜」



やっぱり。岳人はそのまま飲んで、予想通りの感想を言った。
微妙なのは飲んでる俺が一番わかってるし、一応自分が飲んでるものをあんまり悪く言われたくない。
そう思って「返してー」とココアを取り戻す。
たしか岳人とは同じクラスで、仲のいいほうだった。
だからこのココアはが作ったことを言えば「・・・今度からの調理実習のもらわない」と渋い顔で言われた。
今度からって、今までもらってたの?、なんで俺にくれなかったんだろー・・・。
ちょっと寂しい気持ちになってそう言うと、岳人は
「あー、でもやっぱり微妙だぜ?味も硬さも」
と、この前のクッキーのこと言ってるんだろう。そう言われた。でもそれも知ってる。
の味覚はちょっと変わってて、料理も普通と違う味になるCー。
と、今日のご飯も考えてみる。きっと今日も薄い味の、味噌漬け野菜炒め。


店の時計を見て急に「じゃあ頼んだ!」と制服を置いて、外に出てっちゃった岳人。
今日は部活なかったし、誰かと遊ぶ約束してるのかも。岳人は人気者だから遊ぶのにも忙しいCー。
そう岳人に向けて手を振る。またココアを飲もうとすると、「あぁー!」もうなくなってた。

(ひ、ひどいよ岳人。俺この最後の、濃いココアが楽しみなのにー・・・)

しょぼーんと空になったマグカップを逆さにして、なんとか飲めないかと試みる。
でもやっぱりぜんぜん流れなくて、飲めない。はぁ、また作ってもらおうかな。

そう思うと同時に「ジロー、お疲れ様。お客さんきたー?」と母さんがくる。
岳人の制服のことを言って変わってもらって、俺は家のほうへ帰る。



「ー、またココア作ってー」

「2杯も?やめときなよ、ご飯食べれないよ」



うぅー・・・。でもなんか飲みたいよー。
それでもダメダメ言い続けるは、どうしても折れそうにない。
しょうがないから諦める俺。

でもー・・・。でもでも、なんか飲みたいんだよーー。
ちょっと子供みたいにゴロゴロ転がって、欲を抑えようとする。

あのココアは微妙だけど、あのココア以外のココアを飲むとしたら
多分、俺はいまみたいに物足りないと思う。
もうずっと飲み続けて慣れた味は、いつのまにか大好きな味になってて・・・なんていうか個性を感じる。

もうこれは依存症になってて、軽く中毒者になってる。『微妙な味だいすき症候群』。
きっとこの病気は不治の病で、ずっと抜けなくて
ずっとこの味を食べてたい俺は、なしじゃ生きられなくなってるんだと思う。



「ねーー。俺のお嫁さんになって」

「はい!?」





微妙な味だいすき症候群 2009.02.02 (自分の作ったココアが微妙でショックだった話。主人公の設定はご想像にお任せします)