真っ白の空間。ひたすら真っ白く。
どこか温かみのあったジッリョネロのアジトの造りとは違って、なぜか無機質な印象を受けた。
ユニの部屋と同じくらい。いや、むしろ家具が少ないせいかそれよりも広く感じる。そしてやはりどこまでも真っ白だ。
もちろん家具も真っ白。カーテンも真っ白。シャンデリアや電球、ベッドのシーツ。そしてそこで寝ている本人までも、完璧に真っ白だった。

不気味なほど真っ白の部屋の奥へ進んでゆき見た光景だった。
身の安全を確保するように、少しベッドから離れて立ち止まる。
そこへ横たわる人は奥側に向いて寝ていて、髪にパジャマ、寝相で布団から出てきたであろう手足の部分まで白い。
(白色に囲まれて生活すると、精神病を引き起こしやすいってきいたことあるな)
あまりにも白しかないこの空間に、もはや来て数分の私まで気がおかしくなりそうだ。
キングサイズの天蓋ベッド。柱やレースももちろん白でいて。

開きっぱなしだったのか、窓から風が吹いて天蓋ベッドのレースを揺らす。
その瞬間レースで遮られていたベッドより奥の光景が少し見えて、そこで初めて白以外の色をこの部屋で見た。

「・・・ライラック?」

私の部屋にも飾ってあったライラックの花。(たぶん)
同じようにベッドの横のサイドチェストに飾られた花瓶に、紫色を見た。
なんだろう。ライラック好きなのかな。意外。マイブーム?
なんだか・・・その白以外のものを見た安心感が、妙に心地よくて。そのライラックを眺めてた。


すると風に吹かれて一枚の紙がチェストから落ちる。
気になって拾い上げて中身を読んだ瞬間、私は激しく後悔した。
『〜へ 僕の起こし方☆〜
・王道にキス これが第一希望かなあ
・揺さぶりながら「遅刻しちゃうよ〜?」 男のロマンだよね!
・一緒に寝る 先に起きたほうがいろいろできるってどう?
・服を脱ぎながら「起きないならイイことしちゃうよ?」 全部やってもいいよ』
顔面たたき割りでいいかしら。優しく起こしてねって書いてあるけど。無視していいわよね。
っていうかどこに遅刻すんのよ。起こしにきて寝るわけないでしょ。『服を脱いで』がすでにぜんぜんイイことじゃないでしょう。
そっと紙飛行機にして、窓から飛ばしておいた。

窓際に行ったついでに太陽の光で起こしてやろうと、力いっぱいカーテンを開ける。
だだっ広いこの部屋でも大きな窓から入る光はベッドまでちゃんと届いた。
見事に窓際へ向いていた白蘭は途端に身じろぎして、掛け布団を頭までかぶる。
「ん〜・・・なにぃ?」
どうやらこれでちゃんと起きてくれたようで、文句を言いながらカーテンを開けた犯人を確認しようと
布団ギリギリに目を出して、睨むように私を見る。

その様子にちょっと。ちょっとだけ申し訳なく思って、ベッドのそばまで来て私の影で白蘭の顔を覆う。
影掛ったことで眩しさをやわらげられたのか、布団をお腹あたりまで下げて少しイラついたように目をこする白蘭。(あっ・・・)
べつに怒った顔を見たことなかったわけじゃないけど。それとは違う、口角を下げた"不服そうな顔"という人間味があるような顔で。
よく見ると肩や腕、胸板、輪郭、鼻や唇の輪郭がとても綺麗でいて。寄せられている眉やまつ毛も、髪と同じように、それらは絵画のように白くて。
なんだか、一瞬だけ、動揺した。

「な、なにじゃないわよ。幻騎士がかわいそうだと思わないの?」
「・・・・え??・・・うそ?」

白蘭という男相手に綺麗だと思ってしまったのがなんだか悔しくて、きつくあたる。
私の声を確認すると、一瞬固まったあとにさらに確認するように目をこすって私を凝視する白蘭。
朝のやわらかい光だから表情が見えないほど強い逆光ではないはずだけど、
見えにくかったのか、ベッドに腕をついて屈んでいた私の腕を握って実態を確認しているらしい。
「ちょっと、触んないでよ」
「うそ、だ、ここ僕の部屋だよね?」
「アンタが起こせって幻騎士使って来させたんでしょうが」
目は少し見開かれてるけど、まだ寝起きで焦点が定まらないのか、なおも目をこすったり私の顔に手を添えて確認していく。
触るなってその手を退かすも肩やもう片手にもぺたぺた両手で触れていって、「あぁ・・・」と一言呟いて一拍。



来てくれたんだあぁ〜!!!

「きゃアっ!?」



体に触れてた腕でそのままベッドへ引っ張られ、白蘭の上に崩れおちる。
そのままぎゅーっと背中に腕を回され、力いっぱい抱きしめられる私。(ぐ、苦しい・・!)
幸い倒れたのは上半身だけで床についている足で精一杯離れようとも、思いっきり白蘭の胸を叩いても
この怪力男から脱出できる気配がまったくなく。すでに呼吸困難だ。し、死ぬ・・・。
「のことなら、なにかしらにかこつけて絶対逃げると思ってた!嬉しいー!」
「(できればそうしたかったよ、アンタの信者が逃がさなかったんだよ・・!!)」
用意周到に起こし方まで紙に用意しといてよく言う!まあ私もユニとγのことさえなければ、かこつけて絶対来なかったけれど・・・。
いまになって幻騎士にやられたなと面白くなく思う。でもあの人容赦ないんだもの。

私がなにも言えないことで、呼吸がまともにできてないことをやっと理解したのか、少し捕らえてる腕の力が弱まる。
それでも私が身動きできずに呼吸を正してる間に、私の頭にぐりぐり擦り寄る白蘭。
「朝から幸せだなー。これもライラックのご利益かな?」
「ライラックのご利益・・?」
やっぱりあれはライラックであってたのか。でもご利益?
そこまで詳しくない私は少し気になって、視線だけ白蘭に合わせる。
白蘭はニコッと笑いかけてから、再び私を引っ張り、足を滑らせた私は仰向けにされ体勢が逆転する。(!?)
腕を伸ばして花瓶からいくつかのライラックの花を摘みとると、私の目の前まで持ってくる。



「知らない?ライラックは本来4枚の花びらから成る花なんだけど、稀に5枚で咲くものはハッピーライラックと呼ばれる幸せの象徴なのさ」

唇に花が掠める。鼻先にある至近距離のそれはかぐわしく。

「それを黙って飲み込むと、愛する人と永遠に過ごせるって伝えられてるから…」

ゆっくりと顎をつままれたと思ったときには、口を開けられ、同時に白蘭も花を口に含み、花を押しこめるように唇は重なる。



一拍遅れて離れようと白蘭の肩を押し返すも、花がなくなり自由になった手が私の腕を掴む。
口を塞がれるだけじゃなくて異物まで口に含んでるいま、唸ることすらまともにできない。
のどを通るライラックの香りがむせ返るほど強くて、声を発したくない。空気を通したくない。
奥に押し込められ、のどに触れた花を生理的に無意識に飲み込んでしまう。
肺にまで届きそうな香りと息苦しさから涙が流れたころに、やっと解放された。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「・・・と"二人で"幸せになりたかったから、昨日もこうしたんだ」

さらわれて目を覚ました昨日。起きたとき、やけに香ってたライラックはこういうことだった。
眠っている間に、いまと同じことをした。このむせ返る香りは、あのとき残っていた。
「ちゃんと"黙って飲んで"くれたね」
頭上から落ちてくる上機嫌な声が、あまりにいまの私の心情と正反対な空気をまとっていた。
気持ち悪さに、数回咳きこむ。咳きこむたび、また香る。ライラックの香り。

「ふざけっ・・・」
「あ、大丈夫。ちゃんと食べられる花だから。洗ってあるし」

そういう問題じゃない。それも少しはあるけど。
どこまでもふざけてる白蘭が、どんどん私を逆上させていく。
呼吸もだいぶ落ち着いてきた。酸素不足で朦朧としていた意識は、"怒り"となってハッキリしてきた。

殺すつもりで戦闘に入ろうと振り上げた片足は、いとも容易く避けられ太ももから抑えつけられる。
「あははっ、これじゃあもう動けないね」
なにされても・・・と続けた白蘭に、小さく悪寒が走る。
一刻も早く逃げようと、至近距離から狙える頭突きを今度こそ食らわすも、当たった額は微動だにしない。
額同士が当たってさらに近くなった顔が嬉しそうに歪む。
再び近づく唇の気配に、もうダメだと目を強くつむった瞬間…



「なに・・・してるの」



この場に認識していなかった人の声。
窓際にたたずむ彼女は、朝日の逆光で表情は見えにくかったが。
震える声で、動揺していることだけはわかった。

「ブルーベル・・・」

















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白蘭は狂愛。代表格。
気持ち悪く感じた方、ごめんなさい。





2015.04.17