パラレルワールドをまたぐ僕の能力。
ここは、沢田綱吉が『僕を止められなかった』世界の一つ。
たった一つの『止められた』世界のおかげで、今まで僕が支配してきた世界は全滅。すべてが『ありえない』世界となってしまった。
けれど、その止められた世界での記憶は、10年前の僕の届き、そして10年後の僕は消えたパラレルワールドの体験も記憶している。
つまり、僕はもうすでになくした『ありえない』世界での記憶ももっているということ。
その消えた世界での、大切な体験。もう実現することのない未来でのこと。
これはその消えた未来での記憶。
すでにマフィアの統合も終え、各国々も白旗を上げ始めたころ。
僕に寝返った人々は、連日僕を称えるようなパーティを催していた。
各国の要人たちや大富豪。毎日毎日僕の顔色をうかがいにくるが、来賓の顔は1人も覚えてない。
少しでも僕に気に入られようと、無償にふるまわれる料理にお宝。悪趣味なほどに高く積み上がったそれらは、まるでガラクタのようだった。
(ここもあらかた支配したし。もう用もないかな)
まだ支配してない世界もあるし。そっちに力を注ごうと、あとを任せる。
さてとー。次の世界で仕事してくるかー。
移動するまえに考える。そういえばあの世界で前にユニ怒らせちゃったんだよねー。宝石一つお土産に機嫌直してくれるかな。
ガラクタの塔の前で、今まさに貢物をささげる人の前へ降りる。
とつぜん現れた僕にその場の全員が驚き、とっさにひざまずくが。捧げものを手にしている彼女だけは一歩遅れて、周りと合わせるようにひざまずく。
「それはなんだいっ」
その様子に少しだけ気になったけれども、とくになにも変わらずその彼女に聞く。
彼女は持っていた包みを開け、中の物を僕に見せながら説明する。
「ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、ゴールド。どれも一級品の大粒のものを職人に手掛けさせ、"クワ"の形に磨きました」
大粒の苺ほどの大きさのクワの実。とげとげしい針は鋭く、根元の曲線はなめらかでとても美しい工芸品だ。
一つ、ルビーだと思われる赤いクワの宝石を手に取り眺めてみる。
どこまでも赤く。暗闇でも輝くそれは目の前の彼女に似ていた。その他大勢のパーティの中で、唯一僕に話しかけられた彼女。
「クワは雷を寄せつけません。あなたに災いが降りかからんことを…いたっ」
ルビーと同じ色をした彼女の唇に、宝石を押しこむ。見え透いた嘘は遮られた。
ぼくに取り入ろうとする輩はいくらでもいる。肥えたおじさんたちでも、政略婚をねらった令嬢たちでも。
それでもたまに、それらとは違う、"命乞い"のスタンスを感じさせないで、取り入ろうとするのも混じる。
まあ大体それらは僕を暗殺しようとたくらむ連中なんだけどね。そのぐらいわかるよ。
だから君たちの見え透いた嘘はいらないし、その話には付き合ってあげない。
だけど、退屈しのぎにはなるから、遊びには付き合ってあげるよ。
「君、名前は?」
クワのとげがささり、ルビーよりキレイな血が流れる口で彼女は言う。
「・・・」
その後 僕は他のパラレルワールドへ行くのを中止し、しばらく彼女を遊んでいた。
僕の部屋に呼んだり、彼女の指定する場所でデートをしたり、彼女を仕向けようとは何度か行動はしたが、いずれも空振り。
慎重に機会を狙っているのか、いまだにしっぽは出さないでいた。
「ねえ。白蘭っていまどんな仕事してるの?」
「んー?」
恋人らしく。いや、愛人らしくなってきたころ。彼女に都合に合わせる僕にさすがに違和感を覚えたのか、こんな質問をされる。
まあ君と出逢ったきっかけも、本当はもうこの世界から姿を消そうと思ってたときだったからね。仕事は全部跡継がせちゃった。
いまは言うなれば、肩書きだけもった一番楽なポジション。仕事はなく、この世界を散歩してるだけ。
他の世界で仕事しながら、デートがある日にこの世界に戻ってもいいんだけどね。なんだか君と出逢ってから、仕事する勢いが萎えちゃって。
素直に言うと、の顔色が変わったのがわかる。
そりゃそうだよね。これから殺そうって男が、もうすぐこの世界から去るなんて聞いちゃね。
どこのだれから依頼があったかは知らないけれど、それじゃあ依頼が達成できない。は困っちゃうね。
これで少しは本性出すのが早まるかなと思いながら、くすくすを眺めてる。
その顔はだんだんと焦りの色が浮かんで、青白くなっていく。は暗殺者向きじゃないね。顔に出すぎ。
正直すぎる彼女が可愛くて、ぎゅっと腕の中へ閉じ込める。これで僕を殺そうってんだから、どれだけ戦闘力があるのかなー。殺し合いが楽しみっ♪
上機嫌に彼女の頭を撫ではじめると、途端に彼女は僕からはじかれたように離れる。
それに面白くなく感じて、彼女の顔を覗き見る。うつむく彼女の前髪を手でわけて。
「・・・私もつれていってはもらないの?」
震えた声に、手が止まる。
彼女の腕は、涙を我慢するように震えていて。それと連動するように声もまた不安気でいた。
珍しい状況下ではあるけれども。普通別世界へ行けるとしたら行くか、と問われても。自分の世界観を築いた世界から離れようとは思わないだろう。
だいたいの人は、無意識の愛着で、『行かない』と答えるであろうに。
彼女、はこの世界から離れ僕についていくということを、考えついたのだ。
演技であることは百も承知だけれど。たかが仕事の依頼できた暗殺者に、依頼人がいるこの世界から離れるという考えはまずない。頭に浮かぶこともないだろう。
演技とわかっているけれど、それが頭に浮かび、僕に乞うた。
演技だと理屈でわかっているのに――僕には演技だと思えなかった。
心のこもった声は次第に落ち着いていき、冷静になった彼女はこぼれおちる一歩手前の目にたまった涙を拭って、部屋から出ようとする。
「・・・ごめんなさい。少し頭冷やしてくる」
部屋を出ようとドアノブに手をかけた彼女を、うしろから抱きしめる。
自分で何をしているのかわからない。自分がどんな顔をしているのかわからない。
「一緒だよ。ずっとそばにいる。ずっと共に・・・」
体と口が流れるように動く。言葉を紡ぎだす。
けれど、それらは僕の気持ちを忠実に表わしていているようで。彼女の行動を演技だと思いこもうとしているのは、ただの理性に思えて。
言葉に出した自分の気持ちを素直に受け止めると、彼女を疑うのがバカらしくて、僕は腕の力を強めた。
彼女が演技でも。今だけ、自分の気持ちに正直になってみたかった。
青白かった彼女の顔は赤みをおびていく。
彼女はなにかに耐えるように唇を噛んで、呼吸をとめている。
美しかった君の赤い唇が、紫色に変色していく。切れた口の端からは静かに赤い血が流れた。
キレイな血が流れるのがもったいなく感じられて、無理やり振り向かせ、唇を合わせる。傷を塞ぐように。
何度目かわからないキスなのに、いまほど強く"彼女"を感じたことはなくて。
(君が欲しい)
の血の味が、僕の口の中にも渡る。
初めて愛しいと感じた君のキスは、合わせるほど愛しくて。キミの唇の形や吐息を初めて意識する。そのどれもが美しかった。
――目一杯 涙をためた、憎しみの目までも。
「白蘭・・・じゃあ、私と一緒に、いってくれるわね?」
――――――――……っ
火がゆらゆら揺らめく。僕を囲うように、燃え続ける。
建物ごと吹き飛ばした爆発は、僕だけを残し、すべてを消し去った。
目の前で塵となった彼女は、自爆したのだった。
(7属性の炎・・・マフィア関係か)
自爆といい、最後の憎しみの目といい、仕事の依頼ではなさそうだ。彼女個人的な、殺意。
頭はずっと冷静だ。
彼女を抱きしめたときも、爆発をしかけたときも、自分の身を守ったときも、周りが火の海になっても。こうして分析していられる。
(体が動かないのは何故か)
彼女を抱きしめたときから、いまもずっと。衝動的に、感傷的に動いてしまっている。止まっている。
こうしていてもなにもならないのに、彼女の跡を見つめ、ただ呆然と立ち尽くしてしまっている。
とりあえず動こうと足を動かすと、そのままストンと膝が折れ、地に着く。
唇から流れ床に染みついた血は焼かれ、赤黒くなってる。
「『ともに死のう』・・・か」
キレイな色はどこへいったんだろう。
赤黒くなった床の血は高いところから落ちたせいか、きれいな丸じゃなく四方へはじけている。とげとげしく。
それはまるで―あの日のルビーのクワ。
クワの花言葉。恋人の血に染まったと言われるクワは、プロポーズにはたしかにぴったりだった。
生きるも死ぬも一緒。そういう意味では、斬新で目を惹きやすい殺し文句だと思う。
でも君の場合は、本当に殺すための文句だったんだよね。
君は初めから心中するつもりで、あのクワを贈ったんだ。その覚悟がなんのためかは、このときは知るよしもなかったけれど。
でも、僕はね。クワだったら、もう一つの花言葉のほうが好きだったんだ。
本当はいまクワのことを思い出したときも。君がこめた言葉じゃなくて、このもう一つのほうが先に浮かんだんだ。
たったいま、そう思ったから。その言葉が、きっといまの僕の心を占めていた言葉だったから。
「"君のすべてが好き"だったよ」
たった一瞬だけだったけど。
この一瞬を忘れたことはなかった。
*
彼女を探しても、別世界で彼女を手に入れることは叶わなかった。
どの世界でも彼女はある一人の男のもので。その他には見向きもしなかった。
あの世界ででも君はきっと彼の差し金で。いや、骸くんがを遣うはずないか。彼を守るための自己判断だね。
また君と居たくて、どれだけ彼女の世界を支配しても。あの彼女を失った世界以外で、彼女は僕に暗殺しようと近づいてはこなかった。彼女が僕と結ばれたのはあの世界あの一瞬だけ。
いま思えばあのとき彼女の身も守っていたのなら。まだ僕に媚びていたのかな。
もうしっぽを出したあとだし、媚びはしないだろうな。僕に閉じ込められて、あとは他の世界と同じ。
骸くんを消しちゃえば、君は僕のものになるだろうと他の世界ではたくさん殺しちゃったけど、
マフィアが自由にのさぼる、いまだ支配しきっていないこの世界では、少々泳がせている。まだ見つからない君と出逢うため。
(これ以上、君が手に入らない世界はいらないんだ)
いくつもの世界をめぐり、君を探し続けた。手に入れようと、何度も思った。
あの一瞬の続きを夢見ている自分は、なにもあの頃と変わっていなくて。焦っている。
君と会えば進歩するような気がして。この目的が単調な人生に、色がつく気がして。
「白蘭様。ボンゴレの霧の守護者に――」
この君がいる世界で、今度こそ君を手に入れる。
一瞬で散った恋の先を、歩んでみたいんだ。君を愛しさを、あの感情をもう一度。
君と同じように、君とは違う言葉を込めて。君がくれたルビーを、僕の大好きな君の唇へ押しつけ
その色を染めた。
「お久しぶりっ、逢いたかったよ」
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バイオレンスな白蘭ストーリーになってしまった。
白蘭だからヤンデレでもいいか。
2013.10.11