「助けて・・・」


やめろ。
鼓動がお前に聞こえる。


「死にたくないの、お願い」


手が熱い。
今にも落ちそうで、落としたら俺が張り裂ける。


「ねぇ…」


やめろ。





「スクアーロ」














パーティーは苦手だ。
暗殺を仕事とする俺には、華やかな場所など慣れもしない。慣れてたまらないがな。
そこら中から視線を感じる。
女共がひそひそと、俺を見る。
俺のこの銀髪は、仕事のような闇に溶ければ刃物のようだが
人が陽気に交わる社会には、“飾りもの”として扱われる。
綺麗だ滑らかだと騒がれるのだけは、さすがに慣れてきた。
(それほど目立つものなのだ。俺の髪は)

適当に人を避ける。俺はこの社会に交わるつもりはない。
すると探していた人物を見つける。
そいつはターゲット。任務のターゲットとして近づいた。
今回の仕事は、この女を殺すことだった。
その女はひときわ綺麗でいて、周りの男を釘付けにする。
俺は他の男たちのように、その女に近づく。

「Ciao.ミス」
「Ciao.えっと・・・誰だったかしら」

その女は平然と俺を上から見る。これだけ男に囲まれればそうだろう。
だが俺の束ねていた後ろ髪を見た瞬間、嬉しそうに笑う。
「ゼータとだけ名乗りましょう」
「ゼータね。構わないわ」
この貴族の集まりは、家にコンプレックスを持つものが多い。だから本名やファミリーネームを名乗らないものもいる。
名乗らなくても怪しいわけじゃない。ファミリーネームを考えるのは・・・ただ面倒だった。

女は歩き出し、ホールの出入り口であるドアを指す。『出よう』と。
どうやらこれだけで俺を気にいってくれたらしい。話が早い。
仲を深めておき隙ができたときに殺すのがいいが、できるなら今日中に殺ってしまいたい。暇じゃないんだ。
俺は誘いに乗り、共に出る。そして適当な部屋に入る。明かりは点けず。

女は自ら壁に寄り、俺はドアを閉じると同時に女の首へ噛みつく。
後ろから壁に抑えつけ、痛みが残るように。
女は苦しげに喘ぎ震える。そしていいと思うところで放す。首からも腕も。
心配したわけじゃない。こんなで怯える女ではないだろう。

お前も殺し屋なのだから。



「う、ふふ。痛いじゃない」

「初対面だから優しくするような輩がいいのか?」



女は、楽しそうな顔で首を振る。誘うように、俺の首へ腕を回す。
「初めて。普通の輩には飽きてたの」
耳元で囁く。気味が悪いほど、色っぽい声の女だった。

女が、自分の今日の目的である殺しをしたのは知ってる。
あとはパーティーに何事もなかったかのように参加するだけ。殺したのは自分じゃないと振る舞う。
だがこのあと消えれば・・・いや消せば、
自然に、殺したのはこの女だけになる。消えた時間が一致、そして殺して逃亡したと。
それに殺したやつの隣で女を寝かせれば、心中したように見せることもできる。

やはり今日殺そう。







『で、なんで帰ってきてねぇんだ』

「・・・まだ殺してねぇからだ」



任務中の間借りている部屋に入る。
すると鳴る電話。それに出て対応するとXANXUSだった。
今日中に殺し、夜に次の任務を受けに行くとXANXUSに宣言して出た自分を今になって呪う。面倒くせぇことになった。
電話越しに伝わる奴の気と顔。いまにも憤怒の炎を出すような顔をしているに違いない。

『テメーふざけてんのか』
「あいつはヤベェ。隙がない」

無理に戦闘に入るのは危険だ。屋敷内なのだから、見つかる可能性がある。
騒がれたらおしまいだ。なら無理はしない。後日に回すしかない。
そう言うと、XANXUSは呆れたのかため息をついた。
『抱かなかったのか』
「抱くに決まってんだろ。やらねぇほうがおかしい」
そこが女の最大の隙。寝てる間にでも殺ればいいと思ってた。
だが女は気絶もしないで持ち直し、一切の隙を見せず身を整え会場に戻った。
その時点でヤベェと感じた。焦りは禁物だ。

「XANXUS。悪ィが数日くれ」

言った途端、電話は爆発音とともに切れた。
受話器を握った手で憤怒の炎を出したか、電話機が爆発したな。




パーティーのとき、気に入った相手と連絡先を交換するのは当たり前。女は、俺がほしいと言った。
それから数日あって、抱いたが結果は同じ。いつも気絶せず、隙を見せない。
そんな、いつもと同じように会っていたある日のことだった。


「ゼータは髪が綺麗なのね」


そう、が俺の髪を触ったのは。
の家で俺はくつろいでいる。何度かもう来ているから慣れてはいた。
俺はソファに座り、彼女が立って。俺の背後で髪を梳く。
俺は一切気を抜かない。相手は俺より断然弱いがマフィアの殺し屋だ。
隙を見せれば、何をされるかわからない。
隙を見せずに、自分がただ者でないことを知られるのは、どうでもいいこと。
ファミリーネームを名乗らない時点でその可能性があることぐらい、彼女もわかっているからだ。
家がマフィアで俺はカタギになりたい、それで充分だ。言い訳なんて。

俺は黙りこくって本を読む。その間には髪を持ち上げたり掬いとったり、束ねてはまた梳いたりを繰り返す。
「そういえばゼータはパーティーで束ねてたよね」
「あ"ぁ?」
逢ったばかりのころを思い出す。そりゃパーティーに出るとき、格好つけないのはだらしないだろう。
そう言ってもは聞いていないようで
「束ねてなかったらすぐに気づいたのに」
とぶつぶつ言っている。俺の髪についての話しを出すの、お前が一番遅かったぞ。
今までの女は、俺の髪を見て俺に近づいていた。気になったものは早めに話しに出してきた。
まぁお前の、俺への印象なんて“優しくない男”だろうからな。しょうがねぇか。
殺せなかった日を、そう独り自嘲していた。
この一言まで。



「私、ゼータの髪好き」



ふと、その瞬間から、に隙ができた。
ドクドクと鳴る俺の心臓。
どうする、殺るなら今だ。
だが待て。罠か?いや、これは違う。
はおそらく穏やかに微笑んでいる。暖かな雰囲気で。
完全に俺を信用しきって、心を許している。
それでも焦りは禁物。そう、待て落ち着け。いま動くのも危ない。ここはの家だ。
冷静に頭を動かす。そしてある決断した。
「、明日いいか」
「ん?いいよ」

「見せたいものがある」







*








今日はと会う、最後の日だ。

車を出し、を迎えに行く。俺の剣は手入れして既に準備を済ませている。
と向かう場所は人気のない場所。そんな、ありきたりな場所へ連れて行くウソの理由は簡単だった。
人というのは、人気のない場所ほど互いの距離を縮める生き物なのだ。仲が特別な者なら尚更。
そんな場所ですることは一般的にいえば
愛の言葉やプレゼント、人に見られたくないものだ。
恋人同士なら、そんなもの当然だ。二人きりで囁く。もうパターンは決まっている。
今日で最後なのだ。と会うのは。

会えるのは、最後なんだ。






「んで、見せたいものとはなんでしょう」
車から降り、早々に言う。相当楽しみなようだ。
俺はそれを見て少し震える。だが食いしばって耐える。
車からこっそり出した、自分の剣を握って。
何か隠してるものがないかと、は辺り探し始める。
無邪気な子供のように歩いては、ココかと止まったり。

その後ろ姿に、俺は走りだす。


じゃあな、ガキィ・・・ッ



次に聞こえたのは人を斬る音ではなく、戦闘で聞き慣れた
刃と刃が弾きあった音だった。
驚いて固まる。なにが起きたんだと。
視線だけ動かして自分の剣を見れば、弾きあったナイフとそれを持つの手。
裏手でナイフを持つは、俺に背を向けたまま攻撃を止めた。

「やっぱ・・・ダメだったなぁ」

泣き声で、が言った。
それに先ほどと同じように驚いて今度は視線まで動かなくなってしまった。
(まるで、パーティー会場にいた男たちのように、彼女に釘付けだった)
その瞬間、はナイフで俺の剣を押し返し俺へ振りかざす。
それを寸でのところで避ける。やっと身体が動いた。
の攻撃を避けながら考える。

作戦はバレてたか。クソッ!
頭を動かす。いつバレてただろうか。そんな素振りを見せたか。
考えながらでも充分に攻撃は避けられた。は頭はいいが、思ったより戦闘は駄目だ。

なら俺が攻撃すれば、すぐ終わる。

のナイフを弾き飛ばし、片手の手のひらを切り再び持てないように
両足も逃げられないよう少し傷つける。
もう片手を自分の片手で掴みあげれば、はあっという間に捕らえられた。

喉に剣を突きつければ、もうは動けない。

「はぁ・・・はぁ・・・っ」
「いつからきづいた」

感情的になったのか傷が痛むのか、呼吸が荒いに訊く。冷たい声だ。
そうすればは、笑ったあとに言った。
「ゼータが・・・逢ったときと違ったから」
「・・・あ"ぁ"?」

私を初対面できつく抱いた人はゼータだけだった。
そんなあなたが人気のない場所なんてありきたりな発想するわけないわよ。

そう、泣きながら・・は笑った。
次々と流れる涙は暖かくて、戸惑った。・・・愛する女を泣かせて。
自分の想いに気づかぬほど俺は鈍くないが、自分の仕事の重大さを知らないわけでもない。
お前が標的になった瞬間から、こうするしかなかったんだ。

・・・だが、俺だって人間だ。


「・・・・・・」ざっ

「っ!」


を抱きしめた。手を放し、その手で抱きしめた。
だが、剣は突きつけたまま。
俺は唯一優しくしようと思うときまで、きついやつだ。
は驚いた顔で俺を見る。
一瞬、泣き止んだ。だがまたこぼれる。
それは、期待を込めた涙だった。
だがその期待に応えることは、俺にはできない。



「助けて・・・」

やめろ。
未練がましい鼓動がお前に聞こえる。

「死にたくないの、お願い」

剣を持つ手が熱い。
今にも落ちそうで、落としたら俺が張り裂ける。

「ねぇ…」

やめろ。




「スクアーロ」




時が、止まる。

「知、っていたのか」

驚きのあまりどもりそうになる。動揺を見せるわけにはいかない。
は笑う。俺へ手を伸ばして。
「昨日すぐに調べて知った」
そう言うと同時に、顔が近づき…



「スクアーロ、強いんだね」

「っ・・・」



奪われた。それは、薄くてなにも交わらない。
俺は、名前を呼ばれても否定はしない。だがお前を生かすこともしない。
そしての涙は止まった。そんな俺を見切ったかのように。
「ごめん、仕事だものね」
期待はもうない。諦めたようには呟いた。
そして区切りをつけるように、目を閉じた。
期待の涙を切るように。

だが、俺はいいんだろうか。このまま、自分の愛しい女を斬っても後悔はしないか。
そう今更邪念がでてくる。今の俺はを斬れない。
どうしたらいいかわからず、ただを見ている。綺麗な顔は、覚悟で染まっていた。
愛しく思うその顔に惹かれそうになるも、冷静に戻す。もうお前を抱きしめてもやれないのだ。
を引き寄せていた腕を緩める。
そうすればは目を開き、悲しげに笑う。
「スクアーロ」
「・・・・・・」
「ねぇ、返事して」
「・・なんだ、」


「最後に優しくしてくれてありがとう」


ざくっ


赤く染まる、俺の剣。握っているのはの傷ついた手だった。
の、首から胴体へと斬れてゆく。
一瞬で飛び散った大量の血は俺の身体につく。

は、俺の腕の中で死んだ。







*








「スクアーロ、遅かったじゃん」


ボンゴレへ帰ればベルがいた。
俺は構わず、報告にXANXUSの部屋へ向かう。
どうせ手間取っただの、はたまた自慢話でも小言を言われるだけだ。聞いてもなんも意味もない。
歩き続けると、俺の服の血に気がつくベル。

「へぇ、結構返り血浴びてんな。どんだけ斬った?」
「・・・俺じゃねえ」

「は?」



これは自分の血でもなく、俺が斬って流れた血でもない。
この血は、愛しい女が俺の腕の中で死んだ証。
お前にすら優しくしてやれなかった、俺の腕の中で。





amore 2009.03.22